8
先程の空き倉庫では窮屈なのでと帽子を手にしていたが、
表へ出た途端に風の強さへ首をすくめつつ、
ぎゅうと押し込むように頭へかぶせているのは習慣則からか。
ちなみに、武装探偵社の社員として福沢社長から把握されている敦は、
異能の制御も随分とこなせるようになったため、
わざわざあの虎の耳を呼び出さずとも虎の聴覚は発揮出来。
今もごそごそという帽子を内側から擦る音が中也のほうから微かに聞こえる。
窮屈だと獣耳自体が頑是なくも駄々をこねているのだろう。
そこへと掛かって来た着信は、
【 中原幹部、お待たせいたしました。】
本部のサイバー班からの、
やっとのことで標的である相手の風貌が割り出せたという連絡であった。
何しろ 一気に沸き起こった騒動であり、
あれよあれよという間に何故だか犬が大量生産され、
完全に犬にされたのや中也同様に中途半端な姿にされたのやが
半ば恐慌状態になったまま一緒くたになって出口へ殺到。
既に犬の姿に変わっていた其奴が紛れ込んでいたのは明白ながら、
確保した筈の抵抗組織の顔ぶれも半数ほどが逃げたため、
その中のどいつが其奴かなんて知りようがなく。
どんな奴なのかまるきり判らないまま捜索にと出て来た中也だったので、
せめて人の姿くらいは判らないと探しようがない。
……いやまあ、捜索に出て来たというか、
太宰氏の異能を頼ってとりあえず急襲を仕掛けたというのが第一目的だったのだしねぇ。
“挙動不審になっていようから…。”
マフィアから探されてはいないかという懸念は当然していようから、
そういう気配へ注意すれば何とかなるかな?なんて、
どこか漠然とした対処しか頭にはなかった幹部様だったようで。
待望の通知が手元へ届いたことでやっと何とか気分も落ち着き、
それと同時に、何てまた雲を掴むよな話なんだかと、
肩ががっくり落ちたのも否めなかったり。
というのが、
「この人がどんな犬になったのかまでは判らないんですね。」
「う…、そうらしいな。」
一緒に液晶画面を覗き込んだ敦が
独りごとみたいにそうと呟いたからだというのが穿っている。
連絡と同時に送られてきた電信書簡には、
眼付きが悪くて覇気薄いという、そこいらにいくらでも居そうな、
至ってありふれたタイプの青二才のCG画像が添付されていて。
「そっかぁ。この姿に戻っているとは限らねぇのか。」
問題の異能に関しては、不用意に触らなきゃあいいのだから、
相手さえ特定できりゃあ、
多少の距離があろうとも重力操作で一本釣り、
宙へ浮かせてそのまま引き寄せる格好で確保も可能…と算段は付いていたものの、
言われてみれば、そちらは判別できなかったらしい犬の姿のままでは特定のしようがない。
たといそれも割り出せたとしても、毎回同じ見た目の犬に変わるという保証はなく、
今やっと特定できた元の顔や姿を元に聞き込みをしたところで、
昨日まで今朝まで居たところは判っても、
今現在の居場所は油断して元の姿になっててくれねば判りっこないわけで。
「…まあ、匂いのほうは何とか確認出来たんで大丈夫ですが。」
「え?」
まだまだ先は長いかとがっかりしかかった中也へ、
首元のスヌードへ細い顎先を埋め、ウフフと嬉しそうに微笑った白の少年が、
「此処には居ないけど匂いは確認できました。
中也さんにくっついてる匂いのうち、
覚えがないけどやたら濃いのを此処でも拾えたんで、恐らくそれが相手の匂いです。」
犬という獣まつわりだからか、それが異能だからかまでは判らぬが、
中也は直接捕り物へは参加していなかったという話なので
本拠で初めて接したに違いない存在の、結構個性的な匂いを拾えたという。
「人工的な匂いではないので、十中八九 個性臭です。」
その人も鼻が利くものか、コロンやトワレは苦手なのかもしれませんねと、
ふふーと笑ったお顔はなかなかに自信にあふれた頼もしさであり。
此処での匂いが拾えたのは、
「少し濃くなってるところからして上書きされたようだったので。」
「あ、じゃあ其奴…。」
中也がピンと来たことを肯定するよに敦も頷く。
「此処へ一旦戻ったようですよ。」
塒というか、組織のアジトには中也さんたちの声がかかった見張りでもいたのでしょうね。
それで当てがないまま、他の仲間が戻ってないかと此処へも来てみたのでは、と。
下っ端ならではな小心者の思うことは哀しいかな通じるらしく、
そうと思って此処へも行ってみませんかと促した少年だったようで。
「威張れた話じゃないんですけど…。」
なんて、
恥ずかしそうに首をすくめ、付け足した敦だったのへ、
「何を言うかな。」
頼もしい手がぽそんと少年の白銀の髪の上へ乗る。
手套越しでもその質感が伝わる、かっちりした男らしい手であり。
え?と顔を上げれば、
間近になっていた中也の、精悍さをにじませたお顔がほころんで、
「敦が冷静で助かった。」
「あ。////////」
ざっかけない笑みはそのまま、飾りっ気のない彼の男気を魅せもして。
褒められた誉れだけじゃあなく、中也という人の暖かな心根までもを差し出されたようで
胸底がぎゅぎゅうっと甘い痛さでくすぐってやまぬ。
“かぁっこいい……vv”
此処までだったら、
なんて男臭い兄人だろうかと、敦少年が惚れ直して
さて次の段へ…と運ぶところだったが。
「……っ。」
ほうと吐息をついたのとほぼ同時、
赤い髪の上に載った帽子がごそそっと揺れ、コートの裾がフリフリ動いた辺り、
勝手に動くあれとそれが中也の機嫌を表しての反応をしたらしく。
抑々、この愛し子の少年へはあんまり気分を隠すこともなかったものの、
こうまであからさまでは カッコがつかねぇだろうがと、
「〜〜〜〜〜っ。///////」
思わず顔に血が上ったものの、
そんな自分なのをすぐ傍らから見つめやる格好の虎の子くんもまた、
「わぁ…。////////」
びくくっと肩を震わせたため、何だどうしたと視線を向ければ、
小虎くんの側でも赤くなっていたりして。
え?え?何で手前までと思いつつ、それを追い抜く勢いで、
胸のどこかがさわさわとくすぐられ、何だかこう、照れとは別の甘い感触に覆われてゆく。
“何だよ、こいつ…。///////////”
こんな俺だってのへ辟易しないで、むしろそれも良いというか可愛いというか、
我がことみたいに照れて、若しくは萌えているようだとありあり判るところが、
こっちからも照れるというか可愛いというか。
「…あつし。」
「あっ、すすすすすいませんっ。////////」
声を掛けたのが、その態度を諫めてのことと察したか、
ますますと赤くなって大慌てで薄い肩をすぼめ、大急ぎで謝る様子がまた、
何とも言えぬ素直廉直な いとけなさと至らなさをそれは甘やかに滲ませていて。
小さい子供じゃあないのだ、年齢相応な資質が残念ながら足りぬということ、
呆れられるか叱責ものなはずなのに、どうしてだかその可愛らしさが際立って映ってしょうがなく、
この野郎 可愛いじゃねぇかと、
気に入りの髪に指を立て、揉みくちゃにしたくなる衝動に駆られるほど。
“…取り乱してどうするよ。///////” (まったくです) 笑
常から思っていることじゃああるが、
こんなタイプの人間は、部下にも みかじめ料を納めてるその筋の店にも一人だっていやしない。
そりゃあそうだろう、物騒なマフィアや海千山千な輩が営む水商売の店に無垢な天使がいて堪るか。
当人は、薄給なせいか結構ちゃっかりしていて、食い意地も張ってるのが恥ずかしいなんて言うけれど、
その折も含羞みからだろう、そりゃあ真っ赤になって はにゃりと頬笑んだのが何というかその…。
“…んんん、可愛いじゃねぇかこの野郎。”
ついつい口許が笑いそうになり、何とかこらえたことで顔全体が渋く引き歪んでしまった幹部殿。
それだけだったら、何かしら思うところがあってお顔をしかめたのかなとなるところだが、
♪♪♪〜♪
悔しいかな新たな感情表出アイテムが
制御されないままの奔放に ばっさばっさとコートを内から叩いていては意味がなく。
“あああ、なんか凄く可愛いよぉvv”
口に出して言ったら困ってしまう中也さんだろうと判るだけに、
こちらもこちらで ぎこちなくも唇をぎゅうと噛みしめた敦くんだったりするのだが。
神妙そうに下がりまくった眉と裏腹、
「…っvv」
バサバサという音が響くたび、
肩口がひくひくと弾み、ワクワクと輝いている双眸なのが、
何というか…弾む心情を駄々洩れにしているようで。
つか、お互いへ萌え合ってる場合じゃないでしょう、お二方。(大苦笑)
◇◇
とりあえずの仕切り直しとして、
今現在の進捗を太宰へ報告したいと言い出した敦も携帯を取り出して。
何やら短いやり取りをしてから、彼奴らにこちらへ来いとの約束を取り付けた。
国木田さんに居場所を知らせますよなんて、結構強気な物言いをしており。
状況が良好なことで気持ちに弾みでもついたのか、
日頃はやり込められているのだろう上司様を珍しくも言い負かしたらしく。
「この先に小さな緑地公園があるようなんですよ。」
敦が此処で確認した“匂い”はそちらへ向かっているという。
もしかせずとも大した距離はないし、匂いを追いたいという彼なので、
車は放置し、歩きで進むこととした。
まだ時折強い風が吹き来るものの、敦の異能には影響はないらしく、
迷いの気配もないままに、しっかとした足取りでずんずんととある方向へ向かう。
心細くてというよりも、こちらを安心させたくてか、
中也の外套の二の腕辺りを掴まるように握っており。
場合が場合でなけりゃあ、
いつもはこっちから持ってかないと こんな恋人同士みたいな素振りなぞしないくせにと、
揶揄するように言ってやりたくなって ちょっとだけ苦笑が洩れたのは此処だけの秘密。
“…それにしても。”
この空き倉庫や周辺がそうであるように、
よほどに此処と目指しての用向きでもない限り、足を運ぶ者はないよな寂れっぷりで。
こういう場所は却って そこへ集う連中を際立たせるという知恵は回らなかったんだろうかと、
“しかもそういう場所を昼間ひなかの取り引き場所に指定するとは。”
あれか、裏の裏の裏とかいうややこしい深読みを警戒しすぎて、
何周も廻った挙句に現在位置へ戻ったってやつか?
学生の溜まりならともかく、
相手への牽制や威嚇も兼ねてそれなりのカッコでいた胡乱な大人が乗り付けりゃあ
此処自体は無人な廃墟でも途中の経路で人目を引かねぇはずないだろにと。
拿捕対象の素人臭さへ改めて幹部様が呆れておれば、
「あ…。」
倉庫群の傍らに伸びていた操車場を越え、
金網フェンスに囲われた、よくは判らぬが恐らくは変電器関係だろう、
安っぽいペンキ塗りの小屋がけっぽい施設が並んだ小道を通り抜けた先に、
彼らが目指す緑地公園とやらが現れた。
公園といっても、そこも人が立ち入らぬ空き地のようなものなのか、
それなりの車止めがある入り口の向こうは何とか目視出来よう小道が臨めるものの、
これからの季節、どんどんと茂みが育って密林化しそうなこと請け合いな、草深い空間が開けており。
常緑樹が梢を張り出さす笠の下、まだらな木洩れ日がますますと侘しい空気を醸している。
冬枯れてカサカサになった草が堆積した層に足を取られつつも中へと進めば、
「おっ、と。」
人の気配に驚いたか、二人の足元を素早く駆けてった影があり。
少し離れてから迷惑そうな顔で振り返ったのは、白地に雉柄のなかなかに機敏な猫だった。
人の気配のない場所ではあるが、胡乱な存在は入り込むからだろか、
ところどこにコンビニで扱っているような菓子パンの空き袋などが落ちているので、
それへ倣ったように野良だろう猫やら犬やらの気配もあって。
其奴らもこの急な寒の戻りに震え上がっていたものか、
東屋を模したそれか、垂木を渡した屋根の下、ベンチが置かれてあった広場もどきの陽だまりへ、
大小数匹ほどの犬が、無気力そうに身を丸めてうずくまっており。
短毛の、紀州犬との雑種かやたら大きな白いのもおれば、
耳が中折れの茶色の中型犬は、妙にひと懐っこく、身を起こして尻尾を振りつつ近寄って来たが、
犬でも猫でも苦手なんかじゃあなく、
こんな風に寄って来ればしゃがみ込んで構うのが常だったはずの少年が、
「お前かっ、中也さんに触って好き放題した奴はッ 」
「敦っ、語弊があるぞ、その言い方は。」
咄嗟についつい歯切れよくも言い返したものの、
日頃はそりゃあ優しい、若しくは甘えることへでさえおずおずと
“いいんですか?”と窺うような腰が引けたような気配を滲ませているその顔へ、
ピンと冴えてのそりゃあ鋭くも激しい怒気というもの、素早く感じ取った箱入り幹部殿。
おおうと驚いたのはほんの一瞬で、
ああ成程なぁと、いろいろなことへの合点がいった方が大きい。
着信拒否なんてしないでくださいよ?
何を偉そうに太宰さんへ命ずるか
おや、生き返ったか禍狗、と
芥川へ妙に強気な発言をしていたのも、中也に着替えろと周到な策を与えていたのも、
“そーか―。”
こいつなりに、いやいや、こいつ史上 類がないほど、沸々と静かに怒っていたからかぁ、と。
今やっと少年の行動の起爆剤となっていたものへ気が付いた、
ただいま獣耳と尻尾付きの赤毛の幹部様のご納得のご様子へ、
中型のラブラトリー系ミックスらしき犬を、
視線だけで凍り付かせたほどの仁王立ちにて射すくめつつも、
声だけは切実そうな甘えを滲ませ、弁解を図る虎の子くんだったりし。
「だって中也さん、自覚してないでしょ。
美人さんなだけじゃなくお酒飲んだら可愛くなっちゃうこととか。」
「あ"?」
「酔っ払ったらやたら機嫌よくなって笑ってばかりで。」
あつしは可愛いなぁ、もうもう俺の子になっちまえとか、
何だか訳判らなくなったそのまま機嫌よく寝ちゃったりして。
ああ聞きますか? 今のはあまりに可愛かったんで録音したの取ってあるんですよ♪
おい
幼児のような高い声での物まねを披露したその上、
グレーのライトダウンの外套のポケットに手を突っ込み、
携帯を取り出そうとする少年へ、持ち歩いとんかいと口許を歪ませた中也だったが、
「外で飲む時もあんな風なのかと思うと心配で心配で。
芥川に訊くのも何だし、ああでも気になるしってどれだけ悶々として案じているか判りますか?」
そうまで言われては黙っておれぬか、
「そういう手前だって、寝ぼけてると呂律が怪しいままで甘えまくるだろうがよ。」
言い返しつつ自分も端末を取り出すと、手慣れた操作で何やら呼び出し、
どこぞの旅好きな隠居の身分証、もとえ印籠みたいに突き付けて来た液晶画面には、
【ちゅやさん、しゅきvv】
「ちょ、何 録画してるんですよっ。/////////////」
寝起きらしき少年の
とろりと緩み切った 愛らしい起き抜けの顔と声が録画されており。
っていうか、痴話げんかしている場合ですか。
「あ、こら逃げんじゃねぇよ。」
犬にしては空気を読んでの抜き足差し足という風情、
こそこそとこの場から離れようと仕掛った問題の中型犬に気づいた中也が、
手套をはめたままの手で犬の背を指差し、ひょいとその指先を上へクリックすれば、
「わあっ。」
余程に驚いたか、どう聞いても人の声で喚いた其奴、
犬の姿のまま宙に浮いた四肢でバタバタと犬かきもどきを披露して暴れたのもつかの間、
下手くそなCG動画のように、犬の姿がぐにゃりと歪むとするすると四肢が延び、
丸まりかけてた背条が縮んでギリギリ成年男性らしき大きさへと変化をしてゆき、
黒服もどきの洋服付きであか抜けない男が現れる。
「やあっとご対面だな、犬男。」
「ああああ、あんたも異能力者なのかっ?」
手も触れないでのこの扱いがよほどに驚きなのだろう、
宙に浮いたまま、それでもじたばたもがくとこっちを向き、
追手だった二人にすれば今更なこと、そんな見当違いなことを訊く彼で。
「ああそうだ。
気づいてねぇかも知れねぇが、ただ宙づりにしたってだけじゃあねぇ。
下手に抵抗すりゃあ もっとおっかないことになんぞ?」
わざわざ詳細まで言ってやる義理はなし、
魔法のような力だ程度の認識なら甘いぞと、その程度で言葉を濁す。
触れて意識して異能を仕掛けられれば危ないが、
そこはもはや相手の手の内が判っているのだ、
このまま浮かせた恰好で風船扱いにし、太宰の待つところまで移送すりゃあいい。
「何ならこのまま重力かけて押さえつけ、意識を飛ばさせてしまヤァ触れても大丈夫なんだがな。」
開放型ではないようなのは判っているのだ、
こやつが意識しない限り発動しないのならそれが一番かもしれぬと、
不敵な笑みを浮かべてにやりと笑った幹部様の、じわじわと来るうすら寒い威容へ、
「ひぃい〜〜。」
あっさり恐怖を覚えて震え上がった犬男。
華やかな美貌と小柄な体格、それに加えてまだ若々しいところから、
図に乗った世間知らずなチンピラが笠にかかった口を利くことがまれにあるものの、
それは結局、誤解した側が途轍もない不幸を堪能させられることとなる。
居丈高な振る舞いをした自分を遡って殴り飛ばしたくなってももう遅い。
こたびのふざけた異能の男の場合、
そのような粗相はなくの最初から怯えまくっていたのだったが、
彼への不幸は別なところですでに起動しており。
「そんな気を遣ってやる必要はありません。」
目の前のマフィア以上に怒気を孕んだ存在があり、
「芥川に聞いたんですが、ボクの爪には異能を断ち切る力があるそうで。」
その爪でわざわざ胸倉掴んで引っ張り上げれば、ギョッとした相手が真っ青になる。
何せ目の前という至近の眼下には、見たことがなかろう大きな鋭い虎の爪。
しかも自分を持ち上げている存在自体、その腕を見るからにごっつい太さの虎の前脚に転変させていて、
この言いようからして怒っている度合いは彼の方が上らしく。
「ボクを犬にしようと手を伸ばしたいならやればいい、そのまま先が無くなっても知らないが。」
「ひぃいぃいぃぃぃっ。」
ただの道案内の少年かと思っていたらば、そっちの方が恐ろしい存在だったとは。
繊細そうなお顔が怒りに尖ると、鬼気迫る薄暗さをひたひたと満たしてなかなかに恐ろしい。
いきなり抉られるような揮発性の高さがないと油断していると、
首元へ薄刃のようよう切れる刃物が差し込まれているような、
そんな薄気味の悪さがひんやりと添うており。
いや、実際に ギランとぬめ光る大きな爪が突き付けられているわけで。
「さあ、とっとと異能を解かないかっ。」
「そそそそ、そう言われましても…っ。」
こんな異能があることがあまりに漏れてはなかったのはそのせいもあったか、
自分で解くことは出来ぬ無制御 奔放、無責任型の異能者なようで。
「後始末が出来ないことをやったのか? 困った人だね、じゃあ…。」
子供の無邪気な悪戯とは違う。
何より、大切なお人を撫でくって
勝手に こぉんな可愛い姿に、もとえ、困らせた罪は重いと、
虎の目や虎の柄模様が現れつつある形相もが恐ろしい、何物か顕現しかかっている少年であり。
「あつし……。」
ちょっと待ってやれと、さすがに引き留めかかった中也の声を上から塗りつぶし、
「こらこら敦くん、弱いものいじめは辞めたげなさい。」
横合いから掛けられた声におやと顔を上げ、其方を見やるほどの余裕はあったか。
いやいや余裕というよりも怒り心頭な挙句のランナーズハイ、
感情が高ぶり過ぎた絶頂を保持したままなればこその、いわゆる恍惚状態、
但し、振り上げたこぶしを落とす地点は見極めております、邪魔は許しません段階の少年であるらしく。
頭上に渡された 蔓草の絡まった庇の隙間から落ちる木洩れ日の下、
どちらもなかなかに麗しい、顔見知りの美丈夫二人がいつもの間にやら辿り着いていたらしく。
声を掛けて来た真冬仕様の外套姿をした蓬髪の上司様や、
その傍らに立つ、やはり着替えて来たらしき
ライダースジャケット風の外套姿の兄弟子さんを見やったそのまま、
「大したことはしませんよ。
ただ、この人ったら自分の異能が判ってて無体をしたのなら、
お仕置きされても文句は言えないでしょう?」
わあ、日頃いい子が弾けるとおっかないねぇと、
目が座っている虎の子くんなのへ、やれやれと他人事風に肩をすくめたのが太宰なら、
「…だがな、人虎。まずは中也さんに掛けられた異能を解くのが先だろう。」
その後なら何したって構わぬぞということか、
言葉が足らないのがそれもまたおっかない、黒獣の兄人の言いようへ、
「お、お願いしますっ。
そこの人やお仲間を犬にしたことやそのまま逃げたのは謝りますし、
取り引きに持ってったの以外の薬の隠し場所や仕入れ先へのつなぎの付け方とか、
知ってることは全部話しますから、命ばかりはお助けを〜〜〜。」
足が宙に浮いたまま、上からなのもごめんなさいと半泣きで謝罪しつつ、
必死に伸ばした手で敦少年を諫めた兄貴分の青年へ縋りつこうとしたものだから、
「そんなちんけな情報は要らないなぁ。
何より、そんな卑しい手で触っていい子じゃあないんだよ?」
もしかして一番穏当だったかもしれない背高のっぽのお兄さんが、
吹き付ける北風さえ凍らすほどにひんやりした笑みを浮かべて歩み寄って来て。
あああ、ややこしい人がややこしいご立腹なようだと、
収拾のつかない現場から、もーりんがお送りしました。スタジオどうぞ。
to be continued.(18.03.21.〜)
BACK/NEXT →
*何処で切ったらいいのか判らなくなりました。
その末の悶着に、一番閉口していたのは芥川くんだと思う人手を上げて。(笑)

|